第７号
奈良の医療事故をきっかけに自分の思いを伝えます
名古屋短期大学 村松 十和
奈良の妊産婦が19の病院をたらいまわしにされ死んだという医療事故の報道があった。正確な情報かどうかはわからないが、いろいろなレスによれば内容は次のようなものであった。予定日超過で入院した日からPGE2の内服で分娩誘発し、当日の午後に服薬を終了し、自然経過を観察していたところ、準夜帯から自然陣発。午前0時に頭痛を訴えて失神（ただし、痛みに対し顔をしかめる）した。この時の神経学的所見から意識レベルは低いが、その他の異常所見は無かったという。血圧は正常で、子宮口も4cm程度開大していたため分娩経過を診ることになったが、その約1時間半後に痙攣発作が生じたという。この時点の血圧は180前後まで上昇したため（200mmHgとも記載されている？）、子癇発作と判断されマグネゾールが静注された。午前2時、瞳孔散大を認めるも痛覚反応あり。血圧は148/70と安定。午前4時30分、呼吸困難となり、内科医が挿管したが、その後自発呼吸ももどり、サチュレーションは98%と回復した。救急車で搬送され、CT検査等で脳内出血と診断され、直ちに帝王切開術と開頭術をうけたが、生児は得られたものの脳出血部位が深く、結局意識が戻らないまま術後8日目の8月16日死亡したというような内容であった。
月2日・3日の2日間にわたり、吉村医院院長の吉村正先生をお招きし、「心と技の手渡し」をテーマに研修会を開催しました。
初日の2日（土）はホテルアウィーナ大阪において、吉村先生にご講演をいただきました。
社会システムの歪みから、女性自らが主体的にお産することが難しくなっている現状で、いかに助産師がお産にかかわっていくか、また、現代社会に深く根ざした多くの問題を意識しながら、妊産婦に対応していくことの重要性を、“お産の家”での実体験を交えながらご講演いただきました。
２日目の３日（日）は、三井アーバンホテル大阪ベイタワーに場所を移し、吉村先生に加え、橋本慶子先生、ナンシー・ケントウェル先生をお迎えして、現代日本におけるお産の現状とそれに関わる助産師のあり方について意見交換会を開催しました。
ナンシー先生による日本とアメリカのお産のシステムとの比較や、また、吉村先生が指摘する現代日本の社会システムの歪みを学校教育にまで掘り下げ、教育政策とのギャップなど教育現場の実態について、橋本先生よりお話をいただきました。当日参加された会員を含め、医学生、看護学生、マタニティヨガインストラクターなどの方々からも活発な意見が交わされました。
多くの課題と問題をかかえながら、女性一人一人の母性を育てていく必要性や、どのようにして女性本来の姿を取り戻すことのできるお産をサポートしていくことができるのか、また、それを実現していくことのできるシステム作りを社会に働きかけていく必要性など、この会に課せられた命題であるとの認識を新たにしました。
報道では受け入れ拒否や産科医が少ないことなどが論じられていたが、私は、助産師はどうしていたのかなとふと気になった。レスを信じた場合、頭痛を訴え失神し、意識レベルが低いのに、その他の異常がないことや子宮口が４ｃｍ開大していることから経過観察になったということが気になる。
�� 産婦は妊娠経過で異常所見はなかったのだろうか？あったなら助産師は入院時どのような診断をし、誘発中や誘発後の経過においてもどのような診断をし、診断に基づいてどのような助産計画を立案し実践したのだろうか？
�� 頭痛を訴え失神し、意識レベルが低いという所見を得た時点でどのような助産診断を行い、助産計画をどのように修正したのだろうか？
�� このような時は異常なのだから、助産師は医師の診断に基づいてその診療の補助をすることになる。それにしても、助産師は異常がみられた時、医師とどのような会話をしたのだろうか？対応に疑問は抱かなかったのだろうか？
�� 頭痛を訴え失神したら、脳に何か起きているかもしれないので、バイタルや一般状態、留置による血管確保や尿管理、部屋を暗くして心身の安静、救急カート・緊急帝切の準備と関係部所への連絡はどうしていたのだろう？それに、子癇発作があれば抗痙攣薬投与があるだろうし・・・目が離せず、緊急帝切は絶対だろう。
私が臨床現場にいた時は、医師の判断に疑問を感じるときは、必ず医師と問答を行った。患者さんの命が係っていた場合は、口論になったときもあった。出産数や病棟単位、一日のOP数が多く（新生児を含め産婦人科で100床位、午後から毎日３〜５件のOPで看護師は手術の外回りにも入る、月分娩数は85-90件位）、医師も助産師も少ないから、連携を密にして事故を起こさないようお互い協力して仕事を回さなければならなかった。看護学生も助産師学生も受け入れていたので、助産師はその指導にもあたった。助産師の勤務は朝から24時間の当直勤務で、当直の明けの日はその日のうちに深夜に入り、深夜が2連続するというパターンであった。このパターンは月に５〜６回で、それ以外に準夜が２-３回、休みが４回、後は日勤であった。また、緊急OPや急患があるときはマンパワーが少なく、突然時間外勤務を命ぜられることが多かった。突然であろうがハードであろうが自分の命を削ってでも患者を助ける（のために尽くす）のが医療に携わるものの使命であると、看護学生時代に指導され育てられたから、今もその考えは変わらない。その当時、私の周囲の仲間は少なくともそういう使命感を持っていた。それに看護の仕事が好きであった私は、休みも退屈で病棟によく行っていた。なぜなら、休むこと自体、日進月歩の医療への遅れを取るように感じていたことや、遭遇する臨床事例の徴候や仕事を通じて出会う人々との関係は、全てが「尊い命を扱う仕事に就くものの学習材料」であると考えていたからだ。また、時には仕事以外の場所で先輩の助産師や看護師、医師の同僚達と朝まで仕事の議論をしたものだった。こんな臨床時代であったから、学生時代の分厚い産科学や数少ない助産師・看護の教育関係の書籍は症例からの学びを深めるためと自分の業務の振り返るための大切な愛読書であった。これを行うことで、患者さんの病態と治療のことを理解できたし、看護者としてどんなことをすればよいか予測がついた。もちろん医師が多忙であったから、当時の看護職員は患者さんの身体情報と検査から得られた情報を読み込んで医師に正確に伝え、指示を受け、復唱復命することを大切にした。処方箋や処方された薬の量が違う時は、必ず問い合わせを行い、避けられる事故は未然に防ぐというシステムが看護者に機能していた。
産科医が少なくなれば、助産師が正常な経過を辿るケースは支えなくてはならない。正常な経過を辿っていても、いつ異常になるかは紙一重である。なぜなら、妊産婦の身体内部は生理的に変化がおきていて、いつ異常が起きても不思議ではないからだ。事実、既往歴も妊娠中も、胎盤娩出まで何も異常がなかった助産師学生の受け持ち産婦が突然、胸が苦しいと訴えた。私は教師の立場であったが「肺塞栓？」と判断し、すぐさま助産師に報告する傍ら、学生に産婦の手をつなぎ、観察項目を全て指導し、そばを離れない指示をだした。助産師に呼ばれてきた医師の指示が遅いことと、産婦の病状が刻々と進行している狭間で一刻を争う事態に黙っておれず、僭越ではあったが医師が判断できやすいように経過を説明し、処置対応まで言ったことがあった。その医師もすぐ私が望むように指示をくださった。処置を施すと病状は軽快していき、3時間後には平静に戻ったことがあった。分娩は女性にとって生理的といえども、命がけの仕事である。助産ケアは安全・安楽が第一で、女性の持つ力を最大限引き出さなくてはならない。女性の力を引き出すには妊産婦に「寄り添う」ことが必要だと最近よく使うが、助産師は「寄り添う」意味をどう具体的に考え実践しているのだろうか？
ゆとりの教育の中で実習時間数が減らされた。長年、看護教育に携わった経験だが実習状況の変遷を見ると、教員も学生も妊産婦のところに行くことが少なくなり、看護婦室にいることが多くなった。私は、さりげなく臨床経験の少ない若い教員たちに見本を見せるために、講義の合間を縫って実習にでて学生指導をした。すると、教員はいつの間にか看護婦室で記録指導をしていたり、大学に戻って不在になっていた。また、学生の中には産婦のそばで観察しながらケアを続けられない学生も、ここ６〜７年の間に見られるようになり多くなった。また、あるときは臨床のスタッフから教員や学生の苦情が入り、お土産を下げて誤りにいったことがあった。臨床では教員やスタッフは学生のモデルなのである。
10年以上前の助産の実習では、きめ細やかな指導をするために学生と共に昼夜実習を続けたが、学生は７例頃には新人スタッフと同程度の助産診断や計画立案ができ、まさに産婦に「寄り添う」ケアができていた。そして、何よりもうれしいのは学生が教員を慕ってきてくれることで、教育の効果もあがった記憶がある。 日々の生活の営みが人の心身の健康に与える影響は大きいのである。少子化で親の手厚い養育の中で生活体験が少ない世代は、対象である妊産婦や患者の生活感情などが病態とどう関係しているか理解し難いであろう。知識ばかりあっても机上の勉強では限界がある。実習は何のためにするのか。生きた学習ができるのは、実践でしかない。看護や助産が実践の科学であるといいつつも、口先だけで終わってはならない。生きた実践からケアする対象と看護者（自分）との間の変化を様々な角度から、学ぶことが必要である。そこには、医学や看護の知識が体験を通じて学習でき、人間としての成長もあるからだ。
看護は研究が盛んになり、学問体系が構築されつつある今日、他の学問と同等の力を持つようになった。しかし、日本の医療や教育現場は、様々なことが日々起こっている。これらの問題に潜むのは、個を大切にするという問題が横たわっているように思う。自分の命は自分で守るために、医療も教育も選ぶ時代である。選ばれるためには、助産師が助産師としての力をつける必要がある。そのためには臨床の場で経験を積み、その経験を通じてきめ細やかな学習し、記憶に残しておくことが必要だと考える。実践が少ない人は、いくら知識があっても直観力は育っていない。直観力がないと、危機に臨んでは臨床場面に相応しい予測をつけ行動することはできない。教育の現場に入っても、実践が少ない人は実践が必要であると考える。実践から見えてくるものは沢山あるし、何よりも書物と実践現場との隔たりが少なくなる。
われわれ助産師は妊産婦の為にも、私たちの後輩を育てるためにも、腰を軽くして、頭を低くして積極的に人と関わり、その人なりのたゆまぬ努力のもとに自己研鑽を積む必要があるだろう。そして、このプロセスの中で関係した多くの人々が健康を取り戻し、その人らしい生活を営むことを目の当たりにしたときに、私たちは自己の成長に気づき、助産師としてのアイデンティティや他者を思いやる心が同時に育まれてくるのではないだろうか。
研修会報告《心と技の手渡し》
平成18年12
◆◆◆ アンケートより ◆◆◆
１．講演会・研修会の感想・意見等
○ 先生の言わんとされる真実を受け止めて、人のために誠実によいお産のために仕事・教育を考えていきたいです。
○ 先生の講義は何回か参加したことがありますが、毎回気持ちが洗われる様な気持ちになり、生命の大切さに対しての先生の思いがひしひしと伝わってきます。
○ 施設での分娩しか見たことのない自分にとってはとても衝撃的なお話でした。
○ とてもよいお話を聞きました。
○ ２日の吉村先生のユニークなお話に始めは驚きました。助産は心であり分娩は自然なものである。この根本を押さえてお産に立ち会いたいと思いました。３日のディスカッションで参加者の貴重な意見をお聞きして、いかに自分が生ぬるいものであったかと反省しています。助産師として健やかな母子関係が育つように援助していきたいと思いました。
○ 活発な意見交換とても有意義なものでした。いろいろ熱い気持ちがぶつかり合い、司会の方のご苦労を感じましたが、自分なりの考えをまとめることができました。
○ 参加して良かった。本当の真実とは何かという事が分かり得た。自分自身も知ることが出来ました。これから人の為、世の為、生命をかけて今後助産師生命を終えていきたいと思いました。
○ 本当に目からうろこでした。一度先生のところに行った方がいいのかと思っています。（非会員：ﾏﾀﾆﾃｨﾖｶﾞｲﾝｽﾄﾗｸﾀｰ）
○ 共通の考えをもっている人の話が聞けて勇気を頂きました。（非会員）
○ もう嬉しくてたまりません。吉村先生に会えたことが。（非会員）
○ 自然なお産をしたいと強く思うようになりました。（非会員）
○ 自然の大切さを感じておりますが、現在はなかなか出来ない事もあり残念です。（非会員）
○ 助産師として本当に大切にしなければならないことを再確認しました。自然を大切に生命を輝かせるために妊産婦さんに寄り添うことの大切さを再認識しました。性差を再確認しました。（非会員）
○ １日目の楽しい講義をありがとうございました。２日目のナンシーさんの外から見た日本の現状、参考になりました。（非会員）
○ パネラーの先生方の専門分野が様々で人数が多かった分、それぞれの個性が活かしにくかったように思えました。助産師の皆さんの現場の話が中心になると思って参加しましたが、教育関係のテーマが多くて戸惑いました。（非会員：ヨガ講師）
○ それぞれの先生方のお話、心にしみました。（非会員）
○ 先生方の意見がうまくかみ合わなかったような。（どうどう巡り状態）大切なことも伝わったが、どうそれを解決するか、どう変えていけばいいか聞きたかった。（非会員）
２．習得したい助産技術
○ 人の手を介入させるタイミングの見極め。
○ 妊婦さんの保健指導、伝統医学的な知識や技術で助産師の業務として使えるもの。
○ 骨盤位、止血方法（弛緩出血）、子宮内反症、新生児蘇生について再確認したい。
○ 会陰保護技術
○ 精神的なケア（非会員）
○ 私はマタニティヨガや母と子のタッチセラピーを提供しています。それらを通して子どもの自立、母親の自立をサポートしています。助産師だけががんばるのではなく、妊婦にとって、子どもにとって必要なもの、教育はサポートできるものたちと提携していくことも大切だと思います。（非会員）
３．臨床助産の会に望むこと
○ 今後もこんな会を開いていただきたいと思います。
○ 多くの研修会を行っていただきたいです。
○ 組織の強化・拡大
○ もっと定期的に技術的なことを伝えるよう期待します。
○ たくさんの助産婦さんを育てて、全国に助産院を作ってほしい。（非会員）
○ 私達はマタニティヨガクラスを産院や個人で開催しています。母親教育の大切さを伝えるためにやっております。つながれることがあればこれからも学びたいです。（非会員）
○ 石塚先生のお話はとても心に響きました。私はヨガ講師という立場で、安全な出産の出来る体つくりを女性の方々に伝えてゆきたいと思っています。助産師の皆さんから学ばせて頂くこと、連携が取る事が出来ればと思います。（非会員）
○ 助産師さんの意識を変えていくような講義を企画していってくれるといいと思います。（非会員）
○ まだまだ多くの人と共に学びたい。これからも助産師を支えて頂きたい。（非会員）
○ 吉村先生のような自然なお産がどこでも誰でもできるような社会になる助けになるような活動をしていただけたらと思います。（非会員）
○ 宇宙のお産（非会員）
４．その他・自由意見
○ デジタルな現状の中で生きている人々は体が緊張して頭がガチガチで頭でしか物を考えられなくなっています。それは、自分の感覚に鈍感になっているといえます。自分とつながり、自分の感覚を磨いていく時間（自分を見つめていく時間）を教育の一環に入れていただければ、教育をするもの、教育を受けるものの姿勢が変わってくると思います。自分の感覚で技能を高めていけると思います。親が緊張して不安を抱え妊娠中を過ごしていくと、育児も自身をもって行えません。それでは子どもが生まれながらにして緊張し成長していくことになり、子どもはおかしくなってしまいます。子どもたちに、緊張したら緩んでいいよ、自然と緩められる心と身体になれ、そうすることにより感性が磨かれます。感受性豊かに、自分の感覚が内なる声に敏感になれば、人生を輝いて生きていける。そういう教育が必要だと思います。（非会員）
○ マタニティヨガインストラクターをしています。自然なお産のできる体を作ることに力を入れています。参考になりました。ありがとうございます。（非会員）
○ 昭和５年より亡き母がやっており、34年より開業助産師となり、私59年間助産業を続けてまいりましたが、平成11年末に幕を下ろしました。昔、母とやっていたことが現在の吉村先生の教えと同じでしたが、現在はガイドラインに沿って行わなければならず、自然を無視していることが多く、心苦しいです。現在生ある限り自然を愛し、逆子体操や廻転術をやっています。（非会員）