« 2006年03月 | メイン | 2006年07月 »

2006年04月26日

仕事をやめたのは

ワーキングマザーの妊娠・出産・育児―子育てしながら仕事を続けたいママへワーキングマザーの妊娠・出産・育児―子育てしながら仕事を続けたいママへ
河野 真理子 安藤 博子

成美堂出版 2005-11
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


仕事をしていて出産。すぐ気になるのが保育園と復職。わたしの家の周りも0歳児保育は、教師や看護師みたいな公的な仕事をしている人優先で、いろいろやってはみたものの、なかなか入れなかった。なんとか家から駅へと反対側に15分ばかりの距離にある保育園に、1歳児保育からお世話になることになったのだけれど。


ちょうど、1歳になる頃から、アレルギーがはっきりとわかった。卵は離乳食で気づいたから極力除去してきたし、園にも卵のダメな子供はいたから、何とかなると思っていたんだけど。最初は肌の調子が悪かったのだけれど、1歳を過ぎてはっきりしてきた症状は喘息だった。仕事に戻って、しょっちゅう休んでいたのは、家で作業をしたりしながらまぁ甘えさせてもらってなんとかやってきたのだけれど、ある日、大きな失敗をしてしまった。

その日は朝から資料をそろえて午後から会議の予定。わたしが召集した会議で、そのために午前中は休ませてもらっていた。保育園に娘を預け、作業中。お決まりのように電話がなった。呼び出し。まずは会社に会議の中止を頼めばよかったのに、急いで保育園へ。保育園に着いたら、発作が起きていた。かなり呼吸が苦しいらしくて顔がまっ白い。急いで病院に回り、そのまますぐ点滴になり、とうとう身動きが取れなくなってしまった。

乳児の点滴だから、親がつききり。電話をかけに行くことができず、バタバタとしているうちに、気づいた時には会議の時間がすぐそこに来てしまった。いいトシをして大失敗。その日は社外の人も呼んでいたから、大騒ぎになった。会議の進行役がいないため会議は流れ、その仕事はいい結果にならなかった。

それもこれも、喘息を甘く見ていたわたしの失敗だ。それまであまり大きな発作はなくて、点滴1回でなんとか持ち直していたのだけれど、この日は結局数時間おきに3回の点滴になった。

仕事がうまくいかなかったわたしは、反省したし、謝りもしたけれど、失った信用はなかなか取り戻せなかった。退職するにはいろいろ理由もあったけれど、病気を軽く見るのをやめようと決意したのが一番の理由。

わたしは育児を甘く見ていたし、病気を甘く見ていたと思う。命よりダイジなものはない。

2006年04月09日

まず部屋の片付け

子どもを伸ばすお片づけ―できる子とできない子とではぐんぐん差がつく子どもを伸ばすお片づけ―できる子とできない子とではぐんぐん差がつく
辰巳 渚

岩崎書店 2004-12
売り上げランキング : 15,900
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


塾に行かない小学六年生。公立小学校で、地域の公立中学へ進むつもりの娘には試験は無縁のもので、この春休みも勉強なんてさらさらしない、遊べるだけ遊ぶという毎日だった。学校はなんともちんたらしたリズムで授業が進んでいるけれど、その中では可もなく不可もなく。

でも、それでいいの?同じクラスで受験を目指す子供たちは、週に1度の休みで塾に通っている。既に受験体制に入り、毎日10時過ぎまで勉強している子もあるようだ。

わたしは勉強のできる子供になってほしいとは思っていないのだけれど、先々の選択肢がなくなるのは困る。選択肢を広げてやるのは親の役目のひとつだろう。うちの娘は、自分が人よりできると思ったら怠けるし、できないと思ったらくやしいから放棄するというタイプ。自分でもそう言っている。ただ、同じクラスの中で比較されても困るのよね。仕方ないので、まずは毎日机に向かう習慣をつけさせるべく、努力中。

机に向かわせるにあたって、この春休みは、まずリハビリとして自分の部屋の掃除をさせた。毎日30分。春休み中かかったことを聞けば、その部屋の散らかりようのすさまじさがわかるだろう。小動物の巣のようだった。毎日布団を敷くスペースだけがあいていて、床も机の上も引き出しの中もいっぱいだった。

たかが小学生の部屋とあなどるなかれ。なんと45リットルのゴミ袋にいくつもの不用品が出たのだ。わたしも娘もびっくり。そして、ついおとといのこと、いつものように遊びに来た娘のトモダチが、「わっ、きれいじゃん。めずらしい」と言った。そう、やっとこさ、机に向かえる時が来たらしい。