産む気にさせて
少子高齢化。ダレもが問題だとわかっているし、なんとかしなくちゃと思っている。国会で、少子高齢化対策の予算がどうの、出産費用の無料化がどうのと論議されているけれど、一番の問題はそんなことじゃない。お金がないから産めないというのは、とりあえずもっともらしい理由だとは思うけれど、もっと大変なことがある。
出産を迷ったことがある女性ならダレでも知っているだろうけれど。
本気で「補助金を出せば子供を気楽に生める環境になるだろう」なんて思っているんだろうか。一番の問題は、「妊婦や育児中の女は使えない、使えない女はいらない」という社会の姿勢だと思う。学校の先生が産休をとっても歓迎されない。親にも、学校にも、子供たちにも。フォローする体制が無い。ギリギリの人数でなんとかやっている会社で産休は取れないだろうし、ましてや育児休暇は取れないだろう。会社が、家族が、社会が、国が、近所の人が新しい命を歓迎してくれるなら、「やめてもらうしかないね」じゃなくて、「1年経ったら必ず帰ってきてね」と言ってくれるなら。
会社員じゃない人はもっと大変。派遣やアルバイトで生活している人は、そのまま生活の糧を断ち切られてしまう上に、復職もままならない。ここに革命的な対策が無い以上、どんどん子供が産みにくくなる。
わたしが子供を産んだ時、37歳で、小さな会社で、社長とわたしがプランニングとその実施をしていた。社長は自分の仕事がしたくて会社を辞めたひとで、50代半ばだった。結婚していて会社員。なんの不都合があろうかと思うかもしれないが、わたしは辞めざるを得なかったし、結局その会社はあまり時を待たずしてなくなってしまった。バブル以後、仕事が減っていたこともあるけれど、結局は仕事をやる人がいなくなったから。すぐ復職するつもりだったけれど、娘は喘息もちで、小さい頃は病院通いが続いたから。
子供を持って、わたしはずい分と待つことができるようになったし、命の大切さを知った。命はずっとずっと大切なものだったのに。子供が、命が歓迎される社会であってほしい。
コメント
別の角度から言うと、わたしはおとなになっても「お前には価値が無い」
「お前はいらない人間だ」と言われるのがいやだったということだろう。
自分が仕事より命をとったことに確信が持てなかったということか。
育児を通じて、命をとったことに誇りを感じられるようになったけれど、
職場や社会で一応の評価を得れば得るほど
失うのは怖くなるのよね。
投稿者: りりこ | 2006年03月09日 08:15